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東京高等裁判所 昭和34年(行ナ)42号 判決

原告 ゾンネボード製薬株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、昭和三二年抗告審判第二三六三号事件について、特許庁が、昭和三四年七月一五日にした審決を取消す、訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

原告訴訟代理人は、請求の原因として、

一、原告は、昭和三二年四月二三日、別紙記載第一のように、「ストツプミン」の文字を横書して成る商標について、第一類化学品、薬剤及び医療補助品を指定商品として、登録を出願したところ(昭和三二年商標登録願第一一八三四号)、同年一〇月一五日拒絶査定を受けたので、同年一一月二〇日この査定に対し抗告審判を請求したが(昭和三二年抗告審判第二三六三号)、特許庁は、昭和三四年七月一五日原告の抗告審判請求は成り立たない旨の審決をし、その審決書謄本は、同年八月四日原告に送達された。

二、右審決は、別紙記載第二のように、「ストツプチン」「STOPTIN」と並列横書したもので、第一類化学品、薬剤及び医療補助品を指定商品として登録された登録第四九一五七八号商標を引用し、本件商標は引用商標と取引上彼此混淆を生ぜしめる虞が十分であると認められるから、商標法第二条第一項第九号に該当するものとして、原告の抗告審判の請求を排斥したものである。

三、しかしながら

(一)、本件商標と引用商標とを、外観、観念及び称呼について対比考察するに、

(イ)  本件商標と引用商標とはそれぞれ上記のような構成を有するものであるから、その外観において相違するものであることは論をまたない。又、両商標共に単なる造語であるから、格別の観念を有せず、従つてこの点も論外である。

(ロ)  次に、称呼について考察するに、本件商標は「ストツプミン」と、引用商標は「ストツプチン」とそれぞれ称呼されることは疑いの余地がない。故に、両者は、「ミ」と「チ」の如く、称呼上全く別異の範疇に属する相違点がある。すなわち、本件商標における「ミ」は鼻の音に属し、引用商標の「チ」は口の音で、かつ、破裂音の息の音に属する。又鼻の音は、マ行ナ及びンの音のみであり、口の音は文字通り口から直接出る音で、破裂音と摩擦音とに分けられ、かつ、息の音と声の音とに細分されるものである。故に本件商標における「ストツプミン」なる称呼と引用商標における「ストツプチン」なる称呼とには大なる差異があるものである。

(二)、なお、原告の右主張の妥当かつ適法であることは、特許庁の登録例に徴しても明かである。すなわち、本件と同一の第一類に属する商品を指定商品として商標登録例に、次のものがある。

(イ)  登録商標第四二九一六四号(商公昭和二八―五九一七)として「ヤクチン」が存在するにかゝわらず、「ヤクミン」が同上第四四七七三五号(商公昭和二九―四〇〇九)として登録され、

(ロ)  登録商標第四四一一五〇号(商公昭和二八―一九九七二)として「コールチン」が存在するにかかわらず、「コールミン」が同上第四四六七五七号(商公昭和二九―五八九)として登録されている。

以上のように、本件商標と引用商標とは、その外観及び観念においてはもちろん、称呼においても大なる差異があり、又本件と同一ケースの場合登録がなされている事実も存する。してみれば、本件出願を以て商標法第二条第一項第九号に該当するものとした審決は違法であるので、その取消を求めるため本訴に及んだ。

と述べた上、被告の主張に対し、

一、本件商標及び引用商標は、共に「ストツプ」なる吾人に親しみ易い英語を冠ぶせているが、それだけに却て、その下における「チン」と「ミン」とが、より明かに区別されるものと認められる。又、「チン」、「ミン」は、共に薬剤について非常によく用いられる音であることは被告主張の通りであるが、概ねの場合、「チン」は風邪薬特に咳止め薬に用いられ、「ミン」は耳鳴治療剤に用いられているものであるが、本件においても、本件商標は耳鳴治療薬だけに用いられ、引用商標は咳止め薬に用いられているのである。

二、原告主張の登録例の商標は、それぞれ四音又は五音であるのに、本件商標及び引用商標は六音から成つていることは被告主張の通りであるが、本件商標及び引用商標とも、初めの四音は吾人に親しみ易い英語の「ストツプ」であるから、「ミ」と「チ」との一音だけの差は、極めて顕著になるものである。実際問題として、「ヤクチン」と「ヤクミン」、「コールチン」と「コールミン」とが四音又は五音であるから区別ができるのに、「ストツプミン」と「ストツプチン」とは六音であるから区別できないとする被告の主張は失当である。

三、商標の審査は、あくまでも具体的に当該事案について審理判断されるべきであるとの被告の主張は、一応その通りである。しかし、当該事案について審理判断するに当つては、当然一定の基準によるべきもので、その基準を定めるためには、既登録事例もその一つの資料たるべきである。従つて、既登録の実例は何らの拘束力もないものであるとする被告の主張は理由がない。

と述べ、なお、武田製薬の「アリナミン」、太田製薬の「ルチン」田辺製薬の「コータミン」など、「ミン」は耳鳴治療剤に、「チン」は咳止め薬に用いられるとの原告主張に該当しない多くの例が存することは認めると述べた。

被告指定代理人は答弁として、

一、原告の主張の請求原因中一の事実及び二のうち引用商標の構成、登録出願年月日及び登録年月日はいずれも認める。

二、原告は、本件商標中の「ミ」は鼻の音であり引用商標中の「チ」は口の音で、かつ、破裂音の息の音に属する音で称呼上全く別異の範疇に属すると主張するが、その音は一応その通りだとしても、両者は母音「イ」音を共通しており、かつ、「ストツプ」なる吾人に親しみ易い英語に、「チン」又は「ミン」なる薬剤について非常によく用いられる音を附したものであるから、これをそれぞれ一連に称呼した場合取引上彼此混淆を生ぜしめる虞が十分な類似の商標である。

三、原告は、特許庁における既登録例「ヤクチン」と「ヤクミン」、「コールチン」と「コールミン」の例をあげて本件審決を攻撃するが、これらは本件と態様を異にするものであるばかりでなく、前者は四音、後者は五音で、本件の六音より成るものととは同一視し得ないものである。けだし、長く称呼されるものほど中間音の一字位の差異は、取引上混淆される虞のあることは実際に徴して明かであるからである。また、商標登録出願の審査は、既登録の事例に拘束されるものではなく、あくまでも具体的に当該事案について審理判断さるべきものであることはもちろんであるから、原告の引用する登録例が存することを以て本件審判が判断を誤つたものだということはできない。

四、以上の次第で、本件商標は引用の登録商標と外観上及び観念上相混淆する虞はないとしても、称呼において誤認混淆を生ぜしめる虞がある類似の商標であるから、その旨判断した本件審決は正当で、原告の本訴請求は理由がない。

と述べ、右に反する原告の主張は争う。なお、原告は「ミン」は概ね耳鳴治療剤に、「チン」は概ね風邪薬特に咳止め薬に用いられると主張するが、武田製薬の「アリナミン」、太田製薬の「ルチン」、田辺製薬の「コータミン」など、右原告の主張に該当しない多くの例が存すると述べた。

(証拠省略)

理由

一、原告主張の請求原因一の事実及び同二の事実の内引用商標の構成、登録の年月日並びに登録番号の点は当事者間に争いなく、同二の事実の内右以外の部分は、被告において明かに争わないところである。

二、原告は、本件商標と引用商標とは、外観上観念上はもちろん、称呼上においても差異があり、両者は取引上相混淆される虞はないと主張するので、判断する。

(一)、本件商標と引用商標との各構成がそれぞれ別紙記載第一、第二の通りであることは当事者間に争いなく、これを対比すれば、外観上両者が差異を有することは明かである。

(二)、次に、両商標の「ストツプミン」、「ストツプチン」は共に創造語で、格別の意味をもたないものであることは、被告において明かに争わないところである。そのように両者とも無意味な語であるとすれば、観念上両者は差異を有するともいい得ないが、同一又は類似であるともいい得ない。

(三)、進んで称呼の点について考察するに、本件商標と引用商標との称呼は、共に六音から成り、そのうち第五音の「ミ」と「チ」とが相違するのみで、他の五音は全く同一であり、しかも、「ミ」と「チ」とは、共に母音「イ」を含むものである。単独に「ミ」と「チ」とのみを登音する場合ならまだしも、前後を同じくする六音のこれら称呼を、口頭で呼ぶ場合、特に電話による場合の如きは、彼此混淆を生じ易いことは、経験に照して明かなところである。殊に、本件の場合、「ストツプミン」と「ストツプチン」との各「ストツプ」の四字は、英語であることは当事者間に争いなく、英語の「ストツプ」は、「止まる」「止まれ」等の意味の語として、わが国では一般に広く用いられている語であることは公知の事実である。又「チン」及び「ミン」は薬品の名称に非常に多く用いられるもので、しかも両者とも特別の意味のない語であることは当事者間に争いがない。原告はこの点に関して、「チン」は概ね風邪薬特に咳止め薬に用いられ、「ミン」は概ね耳鳴治療剤に用いられ、その用法に区別ある旨主張するが、これを認めるべき証拠なく、却つて武田製薬の「アリナミン」、太田製薬の「ルチン」、田辺製薬の「コータミン」その他右原告主張の用法に該当しない。「チン」「ミン」の用例が多く存することは、原告も自認するところであるから、「チン」と「ミン」との用法には特段の区別があるとは認められない。そうだとすれば、「ストツプミン」と「ストツプチン」とは、初めの四字は、「止まる」又は「止まれ」などの意味を持つた英語として広く一般に親まれた「ストツプ」であり、後の二字は単に薬品の呼名の接尾部分として用いられる無意味な文字に過ぎないものである。そうして、そういうものであるだけに、「ストツプミン」にせよ、「ストツプチン」にせよ、これを一連に呼称した場合、一般人の耳には、「ストツプ」の部分は明かに印象づけられるが、「ミン」又は「チン」の部分は印象が薄く、かつ前記認定のように六音中一音の相違である「ミ」と「チ」は共に母音「イ」を含むものであるから、「ストツプミン」と「ストツプチン」とは、称呼上一層まぎらわしいものとなることは否定し得ない。原告の主張中以上の認定に反するものは独自の見解であつて採用し難く、又右認定を左右すべき証拠はない。

(四)、そうだとすれば、本件商標と引用商標とは、外観上及び観念上はともかく、称呼上、取引において彼此混淆を生ずる虞が十分で、類似の商標であると認めるのが相当である。原告は、特許庁における登録の先例を引用し、それらの先例に比軽すれば本件の場合にも登録を許容すべきが相当で、なお、これらの先例に一種の拘束力を認めるべきである旨主張するが、それらの引用例は、いずれも本件と異なる事実関係についての判例であつて、本件における事実認定についての絶対的な基準とはならず、またそうした先例に拘束力を認めるべき法律上の根拠もないので、原告の右主張は採用しない。

三、以上の次第で、本件出願商標は、既登録の引用商標と類似し、その指定商品と牴触すると認められるから、商標法第二条第一項第九号に該当し、その登録は許されないものというべく、これと同趣旨に出た本件審決は相当で、その取消を求める原告の本訴請求は理由がない。

四、よつて、原告の請求はこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 内田護文 鈴木禎次郎 入山実)

(別紙)〈省略〉

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